多分俺は、見た目だけはどこにでもいる善良な一市民だったと思う。 この場合重要なのは見た目と機能で内包している狂気や思想なんかは特に関係ない。 当たり前に高校に行って、それなりの大学に行って、それなりの企業に就職した。 その過程を誰が責められると思う? 誰も責められないだろ? 今の日本はそういうエスカレーターが出来上がってんだから。 そうだ。 俺は別に特別な人間じゃない。 どこにでもいる、いつでも交換可能な、社会の歯車の一つ。 それ以上の俺を求めたけりゃプライベートな付き合いを望めばいい。 たったそれだけ。 ――そうだ、だから誰も分からなかった。表面上だけの付き合いをしてた奴らには絶対分からない。 俺は殺人鬼だった。多分、生まれながらの。 流れるニュースは俺の部屋を漁った警察の証言から、「ゲームに影響された犯罪」とか言ってたけど、それは違う。 俺はただ幻想に自分の欲望を投影して満たしてただけ。堪えてただけ。現実原則に従っただけ。 だって考えてみろよ? ゲームや漫画やアニメにいちいち影響されてたら、今頃日本中の人間が魔法使いだし殺人鬼だしサバイバーだしモテモテだぜ? だから違う。俺は別に影響なんてされてない。ゲームをやり始める前から俺はずっとずっとこの衝動を抱えていた。 その衝動がある日、現実原則から快感原則に従うところを変えただけで。 快楽原則に従えば、後は早かった。 最初は母親を、次に付き合ってた女性を、後は良く覚えてない。 話して恋愛して解体して愛し合って。ほら、過程が違うだけで結果は一緒だ。好きな相手を傷つけたいって誰の心にもある欲望だろ。 俺はそれがちょっと顕著で、それを実行に移しただけ。 たったそれだけの事だ。 警察に捕まったのは、誤算だったし計画通りだったかもしれない。警察の囮調査だって分かってて俺はそれに釣られた。 ちゃんと手順は踏んだ。話して恋愛して愛し合って。解体しようとして、捕まっただけの事。 愛用のナイフは取り上げられて、俺はとりあえず留置所に放り込まれた。マスコミの声がうるさかったのを覚えている。 どうせ裁判やっても死刑は確実だ。それならそれまで留置所生活を楽しもう。 そう思ってたら、そいつが現れた。 警察じゃなかった。そいつは今時ドレスを着ていた。 そいつは俺を留置所から出して。 そこから記憶が飛んでいる。 気が付いたら俺は豪華な部屋の、豪華なベッドで、ドロドロに溶かされていた。 「いい、ガーベラ」 そいつが白い錠剤――ああ、そうだ、さっき教えてもらった。ただのグラニュー糖の固まりを手に取る。 「これは魔法の薬なの。これを飲むとね、なんだかふわーって気持ちよくなって、嫌な事を忘れられるのよ。それから忘れたい記憶も封じてくれるの。ね、素敵でしょう?」 そう言いながらそいつは俺の口にそれを放り込んだ。確か、それで一気に記憶が飛んだんだっけか。 「もしも思い出したければ、そうね、これを手に持って」 手に握らされたのは俺がいつも使ってる愛用のナイフ。 「今から言う言葉を聞けば、全部思い出すわ」 綺麗な唇が動く。 「私はあなたを愛する。だがあなたの中には何かあなた以上のもの、<対象a>がある。だからこそ私はあなたの手足をばらばらに切断する」 言い終わってそいつはにっこり微笑んだ。 「さ、今言った事は意識の奥底にでも閉じ込めてしまいなさい。次に目を覚ました時、貴方はここで話した事は忘れているわ」 そうして俺のまぶたをそいつは降ろした。 |