夕食もつつがなく終わり、ガーベラの花を外されて俺はようやくベビードールから解放された。 無駄に豪華な浴槽から出てパジャマを着て、ベッドルームに戻ったら、ベビードールを回収中のしきみさんがいた。 「しきみさん、お疲れ様」 「いえ、これも仕事ですから」 うーん、相変わらず素晴らしい職務精神だなぁ。 ああ、でもいい機会か。しきみさんにも聞いちゃおう。 「しきみさん、しきみさん」 「……何でしょうか。手短にお願いいたします」 「しきみさんは何で俺の事嫌いなの?」 しきみさんはベビードールの残骸を抱えたまま、表情も姿勢も崩さないで二、三回瞬きをした。 「それは、お話しする必要がありますでしょうか?」 「いや、必要はないけど俺が気になる」 正直に言うと、しきみさんは悩んでいるみたいだった。首をきっかり五度ぐらい傾げて無表情で考えている、と思う。 やがて答えが決まったのか、しきみさんは傾げてた首を戻して口を開いた。 「お嬢様には言わないと約束してくださいますか?」 「へ? 何で?」 「約束していただけないのでしたらお話しする事は出来ません」 別にお嬢様に言わないぐらい、いいけど。そこまでとんでもない理由なのかな? 「別にしきみさんが嫌なら言わないよ。お嬢様に命令されたら分からないけど」 「その場合はまず先にわたくしに命令が下るはずですので問題ありません」 「ではお話しします」としきみさんは軽く一礼した。 「わたくしには蜜柑(みかん)という妹がいました。年は少々離れておりますが、姉妹仲睦まじく過ごしてきたつもりです」 「しきみさん、妹いたんだ」 「ええ」 何と言うか一人っ子だと思ってた。というかしきみさんの両親も想像付かない。 木の股から生まれた、とは言わないけど、しきみさんって「一人」のイメージがある。こう、独立してる感じ。 「姉のわたくしが言うのも何ですけれど、蜜柑は可愛らしく非常にセンスに優れている子でした。そのため、本土でモデルを目指し活動していたと聞いています」 「へえ」 しきみさんがこんなに他人を褒めるの初めて聞いたかも。 ……まあ、当たり前か。今聞く限り可愛い可愛い自慢の妹、って感じだもんな。 「それで、その妹さん今は何してるの?」 しきみさんは二、三回瞬きをして、今までにないきつい目で俺を睨んできた。 「殺されました」 「え?」 「一ヶ月ほど前、連続無差別婦女暴行殺人事件の被害者の一人として名を連ねました。つまり遠流様に殺されたと言う事です」 「―――」 絶句。 その言葉が一番正しいと思う。まさか記憶を失う前の自分とこんなところで接点があったなんて。 「ですからわたくしは未来を絶たれた妹の復讐を出来たら、とも思っておりますし、ここでお嬢様の加護を受け、受けるべき罰を受けずのうのうと暮らしている遠流様を疎ましくすら思っています。わたくしが遠流様を嫌うのはそういった理由からです」 言い切って、綺麗に決められた通りの一礼をしてしきみさんは俺に背を向けた。 「しきみさん」 その背中に声をかける。 罪悪感からじゃなくって、単純に好奇心で。 「どうやったら俺は思い出せると思う?」 しきみさんはちょっと考えて、 「鏡に『お前は誰だ』とお尋ねになられたらいかがですか?」 そう言い残して部屋を出て行った。残された俺はちょっと所在なさ気にたたずむしかない。 ……でも参ったな。そんなところでしきみさんと繋がってたなんて。こりゃ、早く思い出さないとしきみさんに申し訳ないじゃないか。 しきみさんに嫌われたままにしても、思い出せばしきみさん直々に海に捨ててくれそうだし。 よし、と言う事で物は試しだ。 ベッドの隣に備え付けられた化粧台の前に座る。曇り一つない鏡にガーベラが挿されていない俺が映った。どうして男の部屋に化粧台、って思ってたけど、今は便利だ。 すう、と息を吸い込んで一息。はあ、と息を吐いて一息。 もう一度大きく息を吸い込んで真っ直ぐ鏡の中の俺の目を見つめる。 「お前は誰だ」 あ。 何か変なヒビが入った音がした。 |