夢に逃げたところでお嬢様が気まぐれを起こして予定がなくなるわけでもなく、俺はお嬢様の部屋で着せ替え人形にさせられていた。
 お嬢様は少し離れたところでニコニコと笑いながら指示を出していて、俺を実際に着替えさせているのは薺だ。何でも男を着替えさせるのは男の方がいいとか。あと自分が働くわけにはいかないとか。
 だったらこの後の事もやらなくていいじゃん、とか思うけど、それとこれとは別らしい。
「末摘お嬢様、終わりました」
「ありがとう、薺。似合いますよ、ガーベラ」
「……そりゃ、ありがとうございます……」
 お嬢様指示の元薺に着替えさせられたのは、今朝見た蓮華さんが着ていたのと同じタイプのベビードールだった。フリルとリボン、薄ピンク色の乙女の夢。
 お嬢様は俺をでっかい鏡の前に立たせて御満悦だけど、正直俺は苦笑い。そりゃ、蓮華さんだったら似合うけどさ……
 鏡に映ってるのは、それなりに筋肉が付いた男が、しかも髪が長いってわけでも女顔なわけでもないただの男が、どう見ても似合わない可愛らしい女の子の服を着せられているっていう……実に笑える光景だった。
 ああ、くそ、薺、笑うんじゃねぇ。どうせお前も一歩間違えたら同じ状況になってたくせに。
「ふふ……」
 俺の喉元を細い指でなぞって。
「ガーベラ、お座り」
 犬のしつけをするみたいな言い方にも俺は逆らえない。
 大人しくいつの間にかすぐ側にあった椅子に座れば、お嬢様よりも目線が下になった。そのまま細い指が俺の顎を掴んで上を向かせられる。
「はい、あーん」
 お嬢様の右指につままれた白い錠剤を見て。
 俺は諦めて口を開いた。
 甘い甘い錠剤が口の中で溶けていく。この後の俺を暗示するみたいに。促されるままに飲み下せば、胃の中に錠剤だった液体は落ちた。
「よく出来ました」
 微笑むお嬢様に曖昧に笑い返す。
 ああ、本当、着せ替え人形になるのは別に構わないんだよ。それは別に構わない。俺が似合わなくて気持ち悪いってだけだし。
 本当に止めて欲しいのはこの後。正確には錠剤の部分から。
「ふっ……はぁ、は……」
 息が荒くなる。目の前がぼやけてくる。思考回路が鈍くなってくる。
「……ガーベラ」
 細い指が俺の唇をなぞって、それに嫌になるぐらい体が反応した。
「可愛いガーベラ、薬はもう効いてきた?」
 そんなの聞かなくても分かってるくせに。
 そうは思うけど俺の身体の方は素直で、勝手にこくこくと頷いていた。
「ふふふ……良い子ね」
 俺の顔を優しくはさむ手と欲望と欲情にまみれた視線に。
 俺の身体は期待に震えて、俺の頭は諦めて考えるのを止めた。
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