Dad,I thanks to you.

 その日が父の日だということを、あまり多くの人は知らない。
 というか、私の知っている子供たちは特別その日に感謝しなければならないほど、普段から父親(及び父親代わり)をぞんざいに扱っていないのだが。むしろ感謝しすぎていると言ってもいい。それ以外は父親を父親と扱っていないような物だ。
 私には、父親と呼べる存在がいないのでいまいちよくわからないが。
 ただ、推測するに「父親」とは子の成長を見守り、「母親」の育児を手伝う存在らしい。そういう意味で言うと私の「母親」は私を作った人で、「父親」はわずかの間一緒にいたあの人なのだろう。
 それはもうどうでもいいことだけれど。

「兄貴、ちょっと出かけてくるね」
 いつものように魔女が言って部屋には私とお兄ちゃんだけになった。
 優しく、私を撫でてくれる手が好きだった。
 二人きりになると何も喋らないけれど、その沈黙も好きだった。
 お兄ちゃんが私をどう思っているかはわからないけれど、いつかは魔女を蹴落として隣に立とうと思っていた。
 魔女は優しいけど好きじゃない。お兄ちゃんが大切に思っているのがまざまざとわかる。
 私はいつも魔女の上に立とうとするのだけれど、魔女は明るく単純に見えて実は狡猾だ。笑ったまま私の言葉を、攻撃を全て流してみせる。器用だと思う。うらやましいと思う。……ずるいと思う。
 同じ女なのに、なんでここまで違うのか。魔女は魔女としか思えないほどしっかりしていて狡猾で、優しかった。嫉妬するだけの私とは違う。

 ふと、「父親」と思った人を思い出す。
 最初に私のマスターになった人だ。
 一緒にいた期間はとても短かったけれど彼女は私をちゃんと育ててくれた。
 私に言葉を教えてくれて、私に好きを教えてくれた。
 私は彼女に感謝している。

「ただいまー」
「お帰り」
 魔女が帰ってきた。お兄ちゃんの顔がどことなしか明るい物になる。私とは違う笑顔だ。
「あのね、今日ね……」
 そのまま今日の報告に入る。どうやら母の日と同じようにあちこち回っていたらしい。

 お兄ちゃんが幸せそうに笑うなら、それでもいいかなと思った。
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