白昼夢少年




 もしも。
 もしもだけれど。
 ある日突然この世界が変わったら――それもありえないように変わったら、どうする?
 中世ファンタジーのようなレンガが並ぶ町並み。町角には怪しい煙が立ち昇る工房。警察は鎧を着ていてサラリーマンはローブを着る。
 ピンク色の空にはロボットが飛び回り、紫に染まった海には海賊達の船がひしめく。
 東京タワーでは「YaーHaー!」とか叫びながら六本も刀を持った侍が巨大猿に立ち向かい、青森ではゴ●ラVS仮面●イダー(等身大)とか言う対決が繰り広げられていて、愛知県ではモリ●ーと●ッコロがガチ●ピンとムッ●とかわいらしい対決を繰り広げている。
 TVをつければ「俺の歌を聞けぇ!」と叫ぶ男性歌手のライブ映像しか流れず、ラジオをつければどこかの国のお熱い演説。
 どこかの学校の体育館の上では、真昼間にも関わらず月が出て、金属バットを持った少年と鉈を持った少女が戦いあっている。また別のところでは七人の魔術師が聖杯を巡って戦っている。何かむぃむぃ言う生き物と忍者が殺り合ってもいる。
 モノクロの街路樹の下ではセーラー服を着た美少女達と中学生ぐらいの二人組がショッ●ーを撃退し、音楽室の扉を開ければそこには美少年が待っている。  そんな世界になったとしたら。
 しかも、君の意志とは全く関係ないタイミングでそうなったとしたら。
 君はどうする?
 僕はどうしたらいい?

* * *

「ねー、本当どうしようか、圭一君」
「現実逃避しないでください先輩! あと俺は雄一です!」
 にはーと笑いながら現実逃避をする僕に前原圭一……じゃなかった、雄一君は思い切りツッコんだ。
 事の始めは数十分ほど前にさかのぼるのだけど、色々ややこしいからまずは僕たち二人のことから説明しよう。
 僕たちは同じ組織(どういう組織なのかはヒミツ。とりあえず「何でもアリ」な職場)に所属している先輩と後輩であり、仕事上のパートナーだ。
 先ほど僕に思いっきりツッコんでくれたのが僕の後輩でツッコミ担当の新人、前原雄一君。僕は圭一君って呼んでいる。毎回毎回僕がボケるたびにツッコんでくれるいい子だ。
 僕は「先輩」。本名はヒミツ。自称十八歳のナイスガイだ。ちなみにボケとツッコミだとボケ担当。趣味はヒミツを作る事と現実逃避をする事。
 で、事の始めなんだけど。
 昨日、僕たちはお仕事で海に近いこの町にやってきた。まあお仕事といってもただの定期連絡とお仕事をちゃんとやってるかどうかのかるーい審査だけ。どっちかっていうと仕事って言う名前の短期休暇? 多分雄一君の仕事ぶりがいいからだろう、うん。
まあそういうわけで今日は観光してこうってことになって、僕たちはテキトーに町を歩いていたんだけど……
突然、本当に突然、何の前触れもなく、絵を塗りつぶすみたいにスパッと町は変わった。青かった空はピンク色、近代的な町並みは中世ファンタジーに。本部と連絡をとろうとしたけど携帯は圏外だし電話BOXはないしで……何が起こってるか毛頭見当がつかない。
 とにかくまずは現状把握ということで、どんな風に変わったかあちこちみて回ったんだけど……
「本当に……どうしたらいいのかなー」
 アニメとかマンガとかゲームとか。そういうのをごった煮にしたような町にさすがの僕も疲れていた。
「とりあえずは原因追求、必要があれば原因排除、でしょうねぇ……」
 雄一君も疲れているみたいでその声にいつものような元気さはない。……ある程度慣れてる僕でも疲れてるんだから仕方ないよなぁ。
 僕ははぁ、と軽くため息をついた。雄一君は正しい。原因がわかんなきゃ対処しようがないからね。
「圭一君の言うとおり、まずは原因追求だね。もうちょっとさまよってみようか」
「だから俺は前原ですけど雄一ですってば!」
 いつも通りのツッコミを返してくれる雄一君は本当にいい子だと思います。

* * *

 ほんっとうにイライラする。何なのよこのデタラメな世界は!
 久々に休暇がとれたから、ゆっくりしようと思ってこの町にきたのよ。最近ずっと働きづめだったし……それでショッピングしてたのに。
 それが何よ。いきなりあたりが変わるなんて! いい感じのお店があっという間にダサい服ばっか置いてある店に変わって! そうね……RPGでマップとマップの切り替わり、パッて変わるでしょ? あんな感じだったわ。
 でも本当、突然すぎよ。変わった世界もデタラメだし! 空にロボットが飛んでるって何? ねえそれ何てシミュゲ? TVつけたらやたらやかましい奴の映像しか流れないし、ラジオはやたら熱心な演説しか流れないし! ねえそれなんてアニメ!?
「はぁ……ほんっと最悪……」
 呟いたって誰も気にしやしない。一回叫んだけど誰もこっちを見てこなかった。何ここホント。夢の世界とかそういうの?
 ……いつまでごねてても仕方ないし、あたしは辺りを見に行く事にした。もしかしたらあたしと同じような状況の奴がいるかもしれないし、原因が見っけられるかもしれないしね。
 原因を見つけたら即排除。決定。あたしの楽しいショッピングタイムを邪魔した罰だ。どんな相手でもザックリ止めてやる。
「どんな手使ってでも止めてやる……」
 それまで布に包んでいた相棒、大鎌クロスを取り出す。普段なら大問題になるから絶対にこんな町中じゃ出さないけど、おかしな世界の住人たちは気にも止めない。
 相棒を握り締めてあたしは歩き出した。

* * *

 歩きながら先輩は銃の調子を確認していた。先輩が愛用している万能銃だ。どういう仕組みかはよくわからないけれど、先輩の気合一つで麻酔銃にも催涙スプレーにもなる便利な銃だ。
「圭一君、武器出しといた方がいいよ」
「だから俺は雄一ですってば! ……え? 武器を?」
 先輩の言葉に俺は目を丸くした。どんなに変(いや、うちの職場ほど変な所はないけど)な場所でもここは町中。武器を出すなんて物騒なマネができるはずがない。先輩の銃はパッと見ただのオモチャだからいいけど、俺のはモロに刃物だ。出したら町が混乱する事は目に見えている。
「なんでですか?」
「いやね、さっきからあたり見てて思ったんだけど、ここの人たち僕たちの事見てないみたいなんだ」
「……見ていない?」
「うん、そう」
 そういうと先輩は近くの人に狙いを定める。……っておいおい!?
「先輩!?」
「いいから見てなって」
 クッ、と先輩は引き金を引いた。
 ターン
 やたら軽い音を立てて弾丸が飛んでいく。この音は……威嚇用のゴム弾だ。でも丈夫さには自信がある俺でも痛いんだ、普通の人だったらものすごく痛いはず。
 遮る間もなくゴム弾はその人に真っ直ぐに突っ込んで
 パチン
「……え?」
 変な光景だった。ゴム弾はその人に当たる直前に、何かに弾かれて地面に落ちた。普通の人だったらまず避けれないし、手も動かしてないのにゴム弾が落ちるなんて、変だ。
「……さて雄一君。今の出来事とあたりの環境から推測される事は?」
「ええと……あ、あの人が超能力者?」
「うーん、それも捨てがたい案ではあるんだけどね」
 よいしょ、といって先輩はゴム弾を拾う。変なところで年齢を感じるなぁ…… 「さっきからこっそり何人かに撃ってたんだけど」
「撃ってたんですか!?」
「まあね。その人たちもぜーいん同じ感じで弾かれたよ。ちなみに物理攻撃も同様。木とかベンチにも手を出してみたけど全部さわれなかったよ」
「……本当ですか?」
「ホントホント。さて雄一君。僕の言った事実も踏まえて導き出される答えは?」
 触れない、攻撃が当たらない。つまり干渉が出来ない。そういえばこうして先輩と大声で、しかもオーバーリアクションで会話しているのに誰も何も興味を示さない。
 と、言う事は。
「……俺たちがこの世界においてイレギュラーということですか?」
「ピンポンピンポン大せいかーい♪ この世界において僕たちは干渉する権利を与えられていない招かれざる客ってわけだ」
「でも何で武器を出しておかなきゃいけないんですか?」
 隠す必要がないから、だけじゃ納得できない。先輩なりの理屈があるはずだ。
「うん、それなんだけどね。こんな世界にした原因はこの世界に存在する全てに干渉できないとおかしいんだ。そうじゃないと僕たちみたいな招かれざる客を排除できないしね。で、武器を出して多少でも攻撃心をむき出しにしておけば僕たちを見た瞬間相手は思うわけだ、「こいつらは危険かもしれない」と。そこで接触してこないのはよっぽど余裕があるかよっぽどバカかのどっちかだけ。だから僕の銃だけじゃなくてはっきりわかりやすい雄一君の武器も出しておいてほしいわけよ」
 ……勝手に武器を出して色々やっていたのは怒ってもいいと思うけど、こういう推測力と行動力はやっぱりかなわない。さすが先輩だなぁ……
「はい、わかりました」
 それまで持っていたバイオリンケースを開く。そこにバイオリンなんてあるわけがなく、代わりに俺が愛用しているロングソードが収まっていた。俺なりのごまかし、って奴。
 先輩は武器を持った俺を見ると満足そうに笑った。
「じゃ、もうちょっと頑張ろうね、圭一君」
「だから俺は雄一ですってば!」
 ……これさえなければ素直に尊敬できるのに。

* * *

あふ、と僕は大きくあくびをした。
 眠い。ここ最近本当に眠い。いつもなら授業中に寝れるのに寝れないし、家でも寝れないし。可奈がいればすんなり寝れるけど何かお出掛けしちゃっていないし。
 ああ眠い。ほんと眠い。早く寝たい。でも寝れない。
 それにしても。
 辺りを見ればピンク色の空に飛びまわるロボットたち。木はきれいなモノクロ。町を歩く人はローブだし。
 ……やっぱり白昼夢かな。眠すぎると僕、白昼夢見るし。
 でも白昼夢じゃ寝たって感じがしないんだよな。やっぱり夢も見ないぐらい熟睡しないと。
 まあ白昼夢の中でも寝れないと熟睡できないし……でも寝れないんだよな。ま、歩き回ってればその内寝れるか……可奈もどっかにいるだろうし……

* * *

 出会った瞬間、相手は動いた。
 ギィン!
 鎌と剣がぶつかり合う。鎌を持った女性は笑っていたが、剣を持つ雄一には余裕がない。新人ゆえ実戦経験が少ないからだ。相手の力量がどれほどなのかまったくわからない。
「雄一君、下がって!」
「はい!」
 それこそ磁石の同極を合わせたように雄一と女性の距離は開いた。先輩は素早く狙いをつけ、引き金を引く。が、
「全てのカラクリは我が前に止まるさだめ!」
 その言葉は引き金が引かれるよりも早く叫ばれていた。カチン、と引き金を引いた音だけが聞こえ、先輩が撃とうとしていた麻酔針は発射されなかった。
「チッ、封印か! ……ってあれ?」
「先輩、下がっててください!」
 雄一は再び女性と切り結ぼうと飛び出した。
 しかし
「雄一君ストップストップ!」
「え!?」
 スパン!
 綺麗に足払いをされた。雄一が傍観者であれば思わず見惚れてしまうであろう綺麗さ。しかし自分が被害者となれば、思わず目を丸くせずにはいられない。  ドタン! と受け身もまともに取れず雄一はレンガの道に落ちた。顔と地面が密着して、至極痛い。
「せ、先輩!?」
「何よ、男……先に斬られたいの?」
 雄一は驚き、女性は殺気を先輩に向ける。
「あー、二人とも落ち着いて落ち着いて」
 軽く五、六人殺せそうな殺気を受けても先輩は落ち着いていた。むしろその殺気を楽しんでいるようにすら見える。
「その短聖句ホーリーワード、懐かしいな。……相変わらず過激だね、イライザさん」
 イライザさん。そう呼ばれて女性から放たれる殺気が薄れた。
「もしかして……先輩!?」
「え、知り合いなんですか!?」
「うん、昔のパートナーでねー」
 雄一は先輩と女性――イライザとを見比べた。どう見ても同じくらいの年頃だ。この先輩は同年代の人間にまで自分の事を先輩と呼ばせているんだろうか?
「ほんと久しぶりだねー」
「……ホント、久しぶりすぎて顔忘れてたわ」
 クスリ、とイライザは笑った。つられて先輩も笑う。雄一だけが状況についていけてなかった。
「で、どうしたの?」
「休暇が取れたからバカンスしにきたのよ。それなのに……何よこの世界は! 休暇が台無しじゃない!」
 ヒステリックに叫ぶイライザ。オロオロする雄一に対し、先輩は変わらず笑い顔のままだ。叫ぶイライザを止めようともしない。
「もー、こんな世界にしたのは誰よ! さっさとあたしに」
「うるさい、ヒス女」
 ガーンッ!
 呟く声が聞こえたと同時に何もない上空から金ダライが落ちてきた。見事なまでにクリーンヒットし、イライザは声なき悲鳴を上げながら頭を押さえてのた打ち回った。
「まったく……こっちは寝たいっていうのに」
 あふ、とその少年はあくびをした。トロンとした眠そうな目をしていて、だぼっとしたパジャマを着てフリルのたくさんついたピンク色のマクラを抱えている。
「こんのガキャァ……! 誰がヒス女だって……!?」
 痛みから立ち直ったイライザが少年を睨みつける。軽く人を五、六人殺せる殺気をさらりを少年は受け流す。
「ヒス女をヒス女と言って何が悪いのさ。まったくこれだから年増は……」
「誰が年増だ!」
 勢いよくイライザは少年に斬りかかった。先ほど雄一に斬りかかった時よりもはるかに速く。
「え、ちょ、イライザさ……!」
 雄一は目を丸くした。確かにある程度年をとった女性に対して年齢の話題はタブーだとは知っていたが、そこまで過敏に反応するものだったとは。
 次々繰り出される斬撃を少年はスルスルとかわしていく。紙一重という言葉が良く似合う避け方だ。
「あー、相変わらず年の話題に敏感なんだ、イライザさん」
「ちょ、先輩何そんなにのんきなんですか! 止めなくていいんですか!?」
「んー……止めないほうがいいと思うよ? 多分原因あの子だし」
「……え?」
 雄一は一瞬耳を疑った。自分が想像していた原因はもっとこう、見た目からして「原因です」という感じの人物、もしくは物体だったわけで。
「ほ、本当ですか?」
「僕たちを認識した事。あとバッチリなタイミングでのタライ落とし。あと僕のカンが彼が原因だって言っている」
 言っている間にもイライザと少年の攻防は続く。目が離せない。雄一にはあんな風に避け続ける事は出来ないだろう。
「あとはあれだね、イライザさんは強い。そこらの普通の男の子なら一発でズドン。あんな風に避けられるわけがない。避けられるのは僕たちの同業者か、」
「……原因って事ですか?」
「うん、そう。大抵の空間創生者はその中で優位となる。通常持たない俊敏性を持つ事もある。同業者って事はあの雰囲気からしてまずないだろうから、残るは原因ってことになる」
 ……そろそろ雄一の頭ではついていけなくなってきた。先輩は説明をしだすとたまに相手が自分と同等量の知識と経験を持つ事を前提として話をする。新米の雄一に相手の雰囲気の事を言われてもサッパリわからない。
「まあしばらく様子を見よう。……今割り込むとイライザさんに斬られるしね」
 先輩は苦笑した。斬り始めた最初と変わらずイライザは憤怒の形相を浮かべている。さすがにそれは雄一にもわかった。
「こンの……!」
「あーもー……さっさと寝たいのに、邪魔」
「じゃああたしが永眠させてやるよ!」
 ダン!
 高く、イライザがとんだ。大きく鎌を振りかぶる。少年は眠たそうな目でそれを見ていた。
(――来るぞ)
 その動きを先輩は知っていた。イライザがキレた時によくやる大技だ。スキは大きいが、避けようと思っても避けられる物ではない大技。
「我が振るう刃は神々の鉄槌!」
 叫ぶと同時に鎌に光が宿る。イライザが使う短聖句ホーリーワードの中で最も強い強化の言葉。当たらずとも近くにいれば何かしらのケガを負わせられる。
 ブォン!
 風を斬って鎌が落とされた。雄一は思わず目をつむる。
「……?」
 しかし、雄一が予想していた骨を砕く音はおろか、何の音すら聞こえてこない。恐る恐る目を開けると、
「……ウソ……でしょ?」
 イライザが呆然と呟く。鎌は確かに少年に命中していた。鎌の切っ先はバターに刺さるバターナイフのように地面にサックリと刺さっている。しかし少年の体には傷一つついていない。
「ウソだよ。だってこれは夢なんだから」
 少年は一歩後ろに下がる。鎌から抜けたその体には、やはり傷一つついていない。
「な、何で……!」
「だから言ってるじゃん。これは夢なんだって」
 少年はまたあくびをした。対してイライザの顔は蒼白だ。それは雄一たちも同じ事だ。向こうの都合で干渉できないのでは、反撃等が一切出来ない。
「……雄一君」
「……はい」
「こりゃ、勝ち目ないと思うんだけど、どう?」
「……同感です……」
 先輩が浮かべる笑顔は引きつっていて、雄一の言葉に覇気はない。
少年はしばし考え込むとそれまでマクラを抱えていた右手を離した。マクラは左手に持ち、右手を空へ突き出す。
「どうせ夢だし、君たちを消しても問題ないよね?」
 言うと同時に少年の右手に大斧が握られる。少年が持てていること自体が不思議なぐらい、質量のある斧だ。
――ヤラれる。
 例え無駄だとわかっていても雄一は剣を構え、先輩は銃を持ち、イライザは鎌を引き抜く。
 少年の眠そうな目が非常に冷たいものに思える。そうと思えるぐらい、少年の雄一たちに対する興味は、薄かった。
「それじゃあさよなら、ヒス女と仲間たち」
 大斧がゆっくりと持ち上げられ――

「あ、いたいた! やっと見つけた!」
 場にそぐわない明るい声が響いた。

 雄一は声のした方を見た。
 こちら側に駆け寄ってくる、愛らしい外見の少女。年齢は少年と同じくらいだろうか。
「可奈!」
 ポイッと少年は大斧を放り出して少女に近寄る。
「もう、どこ行ってたの? 探すの大変だったんだからね」
「それはこっちのセリフだよ。僕がどれだけ可奈を探したと思ってる?」
 ……なんというか、本人たちにその気はないのだろうが、雄一たちの目にはあたりに飛び散るハートマークが見えた。
「……雄一君。この状況を五文字で説明してみて」
「ワケワカメ」
「はい、よくできました。イライザさんは?」
「ヌッ殺?」
「あー、ちょっと過激だからマイナス五点。五文字でもないし」
 雄一たちがそんな会話をする間にも少年と少女はイチャついていた。
「そうだ、君、そろそろ眠いでしょ?」
 おもむろに少女が切り出した。
「うん、眠い」
 こくんと素直に少年はうなづく。
 少女はにっこりと笑うと側に何故かあったベンチに座った。
「ひざ枕してあげる。こっちおいで」
 ぺしぺしと自身の形のいい太ももを叩く。……柔らかそうで確かに寝やすそうだ。
 少年は近づこうとして、足を止めた。
「どうしたの?」
少女は首を傾げる。少女の疑問に答えるかのように少年は雄一たちを見た。人の目が気になるらしい。
(……まあ確かに人前でひざ枕は恥ずかしいよな……)
 雄一は思った。少年の恥じらいについ共感してしまう。
 少女はまたにっこりと笑った。
「大丈夫、気にしなくていいよ。だってさ、夢なんでしょ?」
「……そうだね」
 少女の言葉に納得し、少年はベンチに横たわった。頭はもちろん少女のひざの上。数秒と経たず少年は安らかな寝息を立て始める。
 と。
 ザァッと本のページをめくるように辺りの景色が変わっていく。ローブを着た人々は流行の服を着たりしている若者たちへ、レンガの町並みはビルとコンクリートの町並みへ、モノクロの街路樹は色鮮やかな緑の街路樹へ、ピンク色の空は雲一つない群青色の空へ。
 何一つ変わりない、現実へと戻ったのだ。
「……は」
 あっけにとられてしまう。目の前の少年が寝た途端、元の世界へと帰れた。その原理がいまいちよくわからなくて。
「すみません、何だかまきこんでしまったみたいで……」
 少年にひざ枕をしたまま少女が謝ってきた。
「え? ええと……どういうことかな?」
 三人を代表して先輩が聞いた。雄一は現在混乱中でまともに喋れる状況下にないし、イライザはあっという間にどこかへ行ってしまった。おそらく買い物の続きをしに行ったのだろう。
「彼、昔からこうなんです。寝不足になるとあんな世界を作っちゃって……ああなっちゃうと中々寝ないし」
「……待って? 昔から?」
「はい。お医者様に聞いても何もわからなかったんですけど」
 優しく少女は少年の頭を撫でる。先ほど雄一たちを消そうとしたとは思えないほど、その寝顔は安らかだった。
「……彼が笑っていられるのならそれでいいかなって」
 微笑む少女は非常に美しかった。

* * *

 結局あの後僕たちはその場を後にした。……いやほら、なんかすごくいづらくって。僕も雄一君も一人身だし……
 夕日が沈む海を眺めながら、僕は今日のことを振り返っていた。男の子の寝不足に巻き込まれて、イライザさんと再会して、男の子に消されかけて、女の子が男の子にひざ枕をして?
「……圭一君」
「……雄一です」
 どんなに疲れててもちゃんとツッコんでくれる雄一君はいい子だと思います。
「結局今日はさ、どういう一日だったんだろうね?」
 雄一君は少し考えると、
「……骨折り損のくたびれもうけ?」
 ピッタリの言葉を言ってくれた。確かにその通りだ。僕たちががんばらなくてもそのうち世界は元に戻ったんだし、ラブラブなところも見ないですんだし。
「あー……出張、あと何日だっけ?」
「あと一日ありますけど……」
「じゃあ圭一君、明日は僕がおごってあげるよ」
「だから雄一です……」
 青く広い海に沈む夕日。赤から藍に移る空。僕たちの心情に関わりなく世界は綺麗で、僕は今日何度目かのため息をついた。

 後日、何故か僕たちが彼を迎えに行く事になったのはまた別の話。





白昼夢少年 終わり





*後書き*
 文化祭に出した中編小説です。もうちょっと書き込みたかった。
 以下とりとめもなく書いた感想を。

○「先輩」……一応主人公、に当たるんでしょうか。一番出張っている人。本名不明。何となく、先輩を作りたくなったのです。ボケ担当の。彼はそれ以上でもそれ以下でもありません。

○前原雄一……「俺は圭一じゃなくて雄一です!」そのネタをやりたいがために前原にした(ぁ)物語全体のツッコミ。真面目な子で苦労人。どっかでまた使いたいです。

○イライザ……本当はもうちょっと活躍させる予定だったんですが。ヒステリックでおしゃれに敏感な先輩の元パートナー。兄貴がよく話す女性のイメージを元にして作ってみました。

○少年……眠かったんです。幼馴染のひざ枕で寝やがるうらやましい奴。興味がないことにはとことん興味がありません。

○可奈……少年の幼馴染。今回一番のおいしいところ取りだと思う。物語中では書きませんでしたが、イメージではホットパンツ+ニーソというある意味破壊力満点の格好をしています。

○白昼夢少年……なんとも言えない作品となりました。一応、自分としてはギャグのつもりなのですが……ちょっとでも笑っていただければ嬉しいです。あ、最初のほうのネタ全部わかった人いたら尊敬します。だーいぶマイナーなの混ざってるので。

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