Spring Mirror Series
1.春月と鏡


「ねえ春月はつきちゃん」
「なにー、きょうちゃん」
 春月、と呼ばれた少女はご機嫌な声で答えた。
 天然の茶髪は肩口で切りそろえられ、大した手入れもしていなさそうなのにふわふわと風に揺れる。肌は一般的な肌色でそれなりに胸があってそれなりに筋肉がついている、要するにごくごく普通の体形。身長も平均的で制服はピシッと着ている外見はごくごく普通の少女。
 ただその右目は緑色でその左目は桃色だった。普段は黒いコンタクトレンズをつけて隠しているが、昔はよくそれをネタにしていじめられかけたものだ。(大体はいじめる前に春月に口で負かされるのだが)
 春月を呼んだのは鏡ちゃんと呼ばれた絶世の美少女だった。髪は黒曜石のように黒く艶やかで、瞳の色は吸い込まれそうな夜空の漆黒。肌は病的でないほどに白く日焼け止めのCMに出れそうなほどだ。
 ただ体は骨ばっていて肉がなく、細すぎる、と言っても過言ではないほどだ。もしももう少しふっくらとした体つきだったら非常にモテていたのではないのか。また制服を崩して着ていてパッと見は不真面目な生徒に見えてしまう。
「聞いた?あの噂」
「どの噂さ」
「ストーカー」
「ああ、また出たの?」
 鏡が美少女である以上ストーカーだとか痴漢だとかそういう話題には事欠かなかった。春月は内心楽しみながらも「またか」と思った事を口にする。
「私じゃないよ」
 はぁ、と鏡はため息をついた。
「サッカー部のエース君いるでしょ? あの人を筆頭に女子に人気のあるランキング上位入賞者が次々とストーカーの被害にあっているらしいの」
「え、何そのトキメキシチュ!!」
 ガタン!と派手に音を立てて春月は立ち上がった。クラス中の人間に見られているにも関わらず大声でまくしたてる。
「この私を差し置いてそんな羨ましいことするなんて……どこのどいつだ! 私が日輪の名の下に成敗してくれる!!」
 最終的に机の上に立って高らかに宣言した。
 春月は「美少女・美少年を襲う・怖がらせる」といったシチュエーションをいたく羨ましがっていて、その一方でそれをする人間を毛嫌いしていた。曰く「理性が崩壊するかしないかの瀬戸際がいいの!」らしい。
 また「美少女・美少年を保護する」という名目でそういった行為に出た人間を「日輪の名の下に」成敗(基本的には説得と言う名の暴行だ。あとは警察へ引き渡して事は終わる)していた。何故日輪なのか以前聞いたらとあるゲームのキャラのセリフらしい。
 成敗する、と言ったら春月は絶対に成敗しに行く。怪我をしたこともある。しかし
(スカートの中、気にしようよ……)
 鏡は見当違いの事を心配した。ちら、と鏡は上を見る。ずっと前に注意した事を覚えていたのだろう、ちゃんとスパッツをはいていた。
(ちっ……)
 鏡は舌打ちをした。そんな事忘れてていいのに。
「で、どこで出たって?」
 ひとしきり叫んで落ち着いたのだろう。きっちり椅子に座って春月は続きを促した。
「うん。いつも帰る裏道があるでしょ?あそこ」
「ええ!? あそこ!?」
「私たちが帰るよりずっとずっと遅い時間に出るんだって」
「はぁ〜……そりゃ余計許せないね!」
 ぐっと硬く握りこぶしを作る。
「で、で、ストーカーの他何をするの?」
「主に暴行」
「余計許せない! かっこいい男の子を傷物にするなんて!」
「その言い方誤解を招くと思うけど」
「間違ってはいない!」
 鏡の冷静な突っ込みを春月は華麗に流した。
 はぁ、と鏡はため息をつく。昔は春月ももっとおしとやかで女らしくそれでいて活発的な優等生を絵に描いたような子だったのに。いつの間にこんな暴走気味の子になってしまったのやら。
「とりあえず鏡ちゃん、放課後になったら聞き込み行くよ! うー、燃えてきたー!!」
 満面の笑顔。
(……ま、いっかぁ)
 春月が幸せなら、それで。
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