天使病−No do matter of me.−

 私はいつものように窓辺で外を眺めていました。
 母が何か騒いでいました。
 もう春で外では桜の花びらが舞っていました。
 母と父が何か騒いでいました。いつもの喧嘩でしょう。巻き込まれたくなかったので私は外を眺めていました。

「   」

 やがて母が私を呼びました。何かと思い振り返ると、母は私を叩き始めました。
 母の声は怒っていました。母の目からは涙が流れていました。父は黙っていましたが怒っていました。私はただ叩かれていました。
 やがて母は笑い出しました。泣きながら笑っていました。やがて父も笑い出しました。
 私は叩かれているだけでした。

 ふと母は叩くのを止め、フラフラと台所へと行きました。痛いのは嫌だったので、私はほっとしました。
 すると父が近寄ってきました。父は私を蹴り始めました。母の平手よりも痛くて、でも私は蹴られているだけでした。

「ねえ」

 母が戻ってきました。相変わらず笑っていました。泣いていました。

「皆で一緒に死にましょう」

 母は包丁を持ってきていました。
 狂ったように母が笑います。狂ったように父も笑います。
 私はただ眺めていました。

「それじゃあ、おやすみ、   」

 包丁が振り上げられました。
 私はその日の一言目を口にしました。

「どうでもいい」

 唐突に母と父が吹き飛ばされました。私がきょとんとしていると、背中から何かが現れました。
 それは翼のような形をしていて懸命に自己主張をしていました。それは私の背中から生えているようでした。
 何だかたまらなくいとおしくなって私はそれをなでました。

 母と父がうめき声を上げました。
 私は二人の前に立ちました。

「死ぬのは二人だけでけっこう。あの世で悔い改めなさい」

 翼から刃が、私の右腕に爪が。
 あっけないほど簡単に母と父は死にました。
 満足げに翼が羽ばたきました。

 それからしばらく翼を愛でていましたが、唐突に激痛が走りました。
 しかしそれは母や父から受ける痛みとは全く違いました。
 やっと解放される。やっと昇華できる。
 そんな痛みでした。

「……ああ、神よ」

 自然と言葉がつむがれて。自然と翼をはためかして。

「貴方に、感謝します」

 そうして私は死にました。
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